①に続いて。
そこで、「新入社員の教育にかかる労力が半端じゃない」と書きました。
これには、いくつかの要因があると思いますが・・・実は、私たち教える側にも
「新入社員の教育にかけられる時間と労力が限られる」
という現実があるのです。
そのわけは・・・「成果主義」です。
自分に与えられた仕事で成果をあげることを求められ、
それによって給料・ボーナス・退職金が決まってきます。当然昇進も。
そこには、「これだけ努力した」という部分はほとんど加味されません。
もちろん、「成果」の中には「若手の教育」も含まれていますが、
それを達成したという指標が難しいために、自分からのアピールも
上司の的確な査定や判断もできていないのが現実なんです。
ということは・・・若手社員の教育に多くの時間をさくことよりも、
自分の仕事に集中した方が得という考え方が出てくるのです。
で、けっきょく若手の教育が犠牲にされてしまうんです。
教育しようとしても、余計な手間のかかる若手が増えていくのでは
教える側の負担が爆発的に増えることになり、事態は悪化する一方だと思います。
企業のトップ(特に日本経団連)は、二言目には「国際競争力」といいます。
競争力をつけるために固定費(人件費)を削減するだけでなく、
成果主義を導入して社内の競争をも促しています。
また、そのために「優秀な人材」を採用することに必死になり、
教育問題に対してもいろいろと提言(というか口出し?)しています。
(ついでに、法人税も下げるよう政府に圧力をかける始末。)
ですが、現場はどうでしょうか。
「優秀」と見込んで採用したはずの社員が見込み違いだったり、
その社員を教育することも満足にできなかったり。
「教育」は必要なものであり、余裕があるからするものではないと
わかっていても、「成果主義」に追われてそれに割く時間すらない。
現場の活力がここまで落ちているってことも、
トップには見えてないようですが。
短期的に見れば成果が上がるかもしれませんが、
長い目で見た場合にはとんでもないリスクを負っているのです。
なんせ、次を担う世代を満足に育てることができていない
危険が常に付きまとうのですから。
足元も見れないで、何が「国際競争力」でしょうか。
「ゆとり教育世代」が社会に出た時、もし世間で言われているように
学力のみならず能力的に足りないものがあるとすれば・・・
本気で再教育に取り組まないと、取り返しがつかないことにも
なりかねないのではないでしょうか。
私たちの世代に課せられたものって、思いのほか大きいかもしれません。
ついでに・・・先ほど上げた現場の状況は、
なんとなく似ていませんか?学校教育の現場と。
親の意向、上司の意向、教育委員会の意向に振り回されて
生徒・児童と満足に向き合う時間もエネルギーもない。
真剣に教育しようとする人は、仕事がめちゃくちゃ増えてつぶれてしまう。
これをどうにかしないと、ゆとり教育だけをやめても
何の解決にもならないんじゃないでしょうか。
ぜひ、構造も含めて根本的に見直してほしいものです。
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